日本ヘルスリテラシー学会雑誌
第3巻 第1号

特集号のご案内 理解しやすく行動しやすい健康医療情報の研究と実践:リーダビリティとPEMAT

奥原剛

東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野

本特集では、第 3 回日本ヘルスリテラシー学会学術集会のシンポジウム「理解しやすく行動しやすい健康医療情報の研究と実践:リーダビリティとPEMAT」での3 つの講演内容をもとに、各講演の演者による総説を掲載します。米国のHealthy People 2030 はヘルスリテラシーの定義を更新し、「個人のヘルスリテラシー」と「組織のヘルスリテラシー」の両方に言及しています。新たに明示された組織のヘルスリテラシーは、すべての人々が公平に、健康に関する情報とサービスを見つけ、理解し、活用できるように、医療・公衆衛生の側が組織的に取り組む重要性を示しています。つまり、市民・患者に向けて、理解しやすく行動しやすい健康医療情報を作成し発信することの重要性が、改めて明示されたといえます。この背景をふまえ、本シンポジウムでは、組織のヘルスリテラシーの要素のひとつである「情報提供」を対象にしました。 1つめの総説では、私(奥原)が、健康医療情報のリーダビリティ(可読性)に関する研究を紹介し、文章の読みやすさを切り口に、理解しやすく行動しやすい健康医療情報の作成を考えました。2つ目の総説では、日本語学の視点から健康医療情報の理解しやすさの研究・実践に取り組まれてきた羽山慎亮先生に、理解しやすい健康医療情報のガイドラインや事例を解説いただきました。3つ目の総説では、古川恵美先生に、健康医療情報の理解しやすさと行動しやすさの評価ツールである日本版 PEMAT を活用した、健康医療情報の評価と改善について解説いただきました。 羽山先生が総説に記されているように、米国などと比較して、日本には健康医療情報の理解しやすさや行動しやすさを高めるためのガイドラインや取り組み事例が乏しいのが現状です。また、古川恵美先生が開発したPEMAT日本版は、健康医療情報の理解しやすさと行動しやすさを量的に評価できる日本で初めての尺度です。これまでの日本では、健康医療情報の理解しやすさと行動しやすさの研究・実践に携わる人材も乏しかったといえるでしょう。これからの国内外の健康医療情報の理解しやすさと行動しやすさの研究・実践を担っていく羽山先生、古川先生の若いお二人に、本シンポジウムで講演いただき、総説を寄稿いただけたことは、日本のこの分野の研究・実践の未来の光明であると思います。どうか読者の皆様も、これからの日本の健康医療情報の理解しやすさと行動しやすさの研究・実践にご一緒いただけますと幸いです。

総説

リーダビリティから理解しやすさと行動しやすさを考える

奥原剛

東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野

リーダビリティ(可読性)とは、文の長さ、語彙・構文の難しさなどを、ソフトウェアで測定し、文章の読みやすさを数値で表したものである。これまでの国内外のリーダビリティ評価研究は、健康医療情報の多くが市民・患者にとって読みにくい現状を示してきた。処理流暢性(Processing fluency)の一連の研究に基づくと、読者が主観的に読みやすい感じた場合、読者はその情報に書かれている内容を好みやすく、信用しやすく、実行しやすいと考えられる。だが、リーダビリティが行動関連アウトカムに与える影響を検討した筆者らのランダム化比較研究では、読みやすい文章と読みにくい文章の間で、行動関連アウトカムに大きな差は認められなかった。読みやすさは、より良い情報提供の重要な必須条件だが、理解しやすさ、行動しやすさの要因の1つに過ぎない。理解しやすく行動しやすい健康医療情報の提供のためには、「何を伝えるか」(どのような内容を伝えるか)と「どう伝えるか」(見やすさ、読みやすさ、理解しやすさ等)の両方の改善が重要である。

わかりやすい医療情報の国内外の取り組み

羽山慎亮

日本では2016年4月に施行された障害者差別解消法において、合理的配慮の提供が行政機関等の義務とされている。 2024 年 4 月からは、民間事業者にも義務化されることとなっている。合理的配慮には、ことばの理解に困難がある場合に「わかりやすい」表現等で文章を作成したり説明したりすることも含まれており、医療者らも必要に応じてそうした対応をとることが求められる。その際に参考にできるような、医療情報に関する「わかりやすい」媒体について、イギリス、スウェーデン、韓国、台湾、日本のパンフレット類を取り上げた。なお、それらの作成は主に障害者関連の民間団体が医療組織と協働しておこなっていた。その一方で、医療について最新の情報かつ根拠のある情報がわかりやすい形で普及するために、医療機関が自らわかりやすい資料をつくっていくことも重要である。文書でわかりやすく情報を伝えるには、大きく分けて「ことばを理解しやすくする」「視覚的に見やすくする」「情報を整理する」の3 つを意識することが必要となる。本稿では「ことばを理解しやすくする」ためのポイントについて、実践しやすいものを中心に7 つの点を用例とともに提示した。

総説

PEMAT日本版 (The Patient Education Materials Assessment Tool) の活用

古川恵美

患者や一般市民に向けて健康医療情報を発信する資料 (以下、資料) は、受け手のヘルスリテラシーに関わらず、内容が理解しやすく、さらに資料の推奨する内容を受け手が実践しやすいものである必要がある。PEMAT (the Patient Education Materials Assessment Tool) は、米国AHRQ により開発された資料の質を体系的に評価するためのツ ールである。我々は 2021 年、オリジナル版をもとに、本邦の言語・文化的背景に合わせて PEMAT 日本版を開発した。PEMAT 日本版は、計25 項目の質問項目を通して、資料の理解しやすさと行動しやすさのスコアを%で算出する。 PEMAT 日本版の利点には、①従来のツールが評価してこなかった行動しやすさ (患者や一般市民が資料の推奨する行動を実践できる可能性) を測定できること、②印刷物、ウェブサイト、動画などさまざまな媒体の健康医療情報を評価できること、③信頼性と妥当性が検証されており、一定のエビデンスのもと資料の質評価が担保されていること、が挙げられる。PEMAT 日本版を活用することにより資料の理解しやすさと行動しやすさを定量的に評価し、資料を改善したり、よりよい資料を選んだりすることができる。

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